※この記事は前回『「学ぶ」ということは、「意識的に条件反射を身につける」ということ』の続きです。
今回は”癖”について説明していきます。
さっそく、前回記事と同様に森の例を。
あなたは「出発点Aから中継地点B、Cを通り、目的地Dへできるだけ速く行く」のが最大の目的です。下図のように。
が、あなたはそれと並行して、「Bから出発し、中継点Xを通ってCへ行くことを命じられる」とします。
あなたは命じられるままB~X~Cと何度も通っているうちに、そこには太くて通りやすい道ができていきます。
そしていざ、あなたの最大の目的である出発点Aから中継点B、Cを経て目的地Dへ行こうとするのですが、途中にあなたが踏み固めたB~X~Cの道が見えます。
あなたならどうするでしょう?
もし僕なら、直線的にB~Cへは向かわず、しっかりとした道ができていて通りやすいB~X~Cのルートを通るでしょう。その方が絶対に速いし楽ですから。
もしくは、Xまでは行かなくとも、ちょっと釣られて下図のようになってしまうでしょう。
そしてどうやら、脳も僕と同じように反応するようです。
例えば、速く走ることが目的なのに、モモ上げ(似ているけど違う動作)をするとします。
モモ上げ動作の反復練習によって、その動作に対する一連の脳神経細胞の繋がりが形成されていきます。
そして、いざ走ろうとするとき、そのモモ上げ動作につられてモモを高く上げ、上にジャンプするような走り方になってしまうのです(これは実証されています)。
走りの科学において、モモをあまり高く上げるのは賢明ではないことが知られていますし、前へ進みたいのに、重力に抗して上へジャンプしてしまったのでは、エネルギーの無駄遣いになってしまいます。
このように、よいと思ってトレーニングしているにも関わらず、かえって逆効果になってしまうことは多々あります。
そしてそれが一番起こりやすいのが、「似ているけど違う動作を反復すること」なのです。
それによって、脳内に一連の繋がりが形成され、実際のフォームが似ている動作に釣られてしまうのです。
さらに、その悪影響は、「釣られる」ということだけではありません。
前回、シナプス形成には、「隣接するシナプスを抑制する」という特性があると説明しました。
そのため、似ているけど違うトレーニング動作の反復練習によって、「正しいフォームを形成する一連のシナプスが抑制される」ということまで生じてしまうのです。
(※ 『運動の基本原則~練習効果を最大限に引き出すコツ』では、この現象を「記憶の干渉」として簡易的に説明しました)
こうして、望ましくない”癖”が形成されていく一方で、正しい動作を行うシナプスは弱く細くなっていくわけです。
一度そうなってしまうと、正しい動作を行うシナプスの繋がりより、癖を引き起こすシナプスの繋がりの方が、ずっとずっと電気信号が通りやすくなります。
そのため、「正しい動作をしよう」と考えていても、そして「正しい動作をしている」と自分で思っていても、無意識に癖に釣られてしまうのです。
癖を引き起こすのは無意識ですから、それを正すには、注意深く客観視することがとても重要になります。
この客観視がきちんとできていないと、「正しい動作をしている」と思い込んでいるだけで、実際は癖を繰り返しているだけ、ということになってしまいます。
癖を正すのが難しいのはこのためなのです。
では、一つ例を。
ピアノである曲を練習しているとします。
しかし、普通に練習していると、「全く同じ場所で、全く同じミスタッチをしてしまう」ということがよくあります。
これはまさに、脳の中に「ミスタッチをする一連のシナプスの繋がりが形成されている」ということであり、隣接する正しく弾くためのシナプスの繋がりよりも、太く強化されてしまったわけです。
一度これが形成されてしまうと、ミスをする度に正しく弾くためのシナプスは抑制され、ミスタッチをするシナプスが強化されていきます。
これはあなたがいくら「これは間違っているの!」と思ったとしても、脳はその間違いが繰り返されるたびに学習していきます。
脳にとっては、経験したことに正しいも間違っているもありません。脳にしてみれば、すべてが真実であり、繰り返されることは学ぶべきことなのです。
これを防ぐためには、初めは丁寧に、ミスタッチが生じないくらいのスピードで練習することです。
ゆっくり、何度も弾いて、一連のシナプスの繋がりを作り、そこから徐々にスピードを上げていく。
それが最も効率のよい練習法だと考えられます。
上記のピアノの例にしろ、どんなスポーツにしろ、正しい動作を意識せず、ただただ反復練習するということは、森の中にいくつもの道を作ることに相当します。
そして、いつのまにか、最短ルートではないところにしっかりとした”道”ができてしまうことでしょう(これが、いわゆる悪い癖)
そうではなく、いくら時間がかかるとはいえ、初めから一貫して最短ルートを通り続けることができれば、より早く適格に、正しい”道”を作るとこができるのです。
これまでの記事をまとめると、
- 「似ているけど違う動作」などの反復は、正しい動作を妨げ、悪い癖を作ってしまう可能性がある。
- ゆっくりと丁寧に、注意深くフィードバック(自分を客観視すること)を行いながら、正しい動作を反復練習することで、悪い癖を防ぐことも改善することもできる。
ということになります。
(※『運動の基本原則~練習効果を最大限に引き出すコツ』にて挙げた「正しい動作を反復せよ」「似ているけど違う動作はするな」「習得したい一連の動作に沿ったトレーニングをせよ」「フィードバックを用いよ」といのは、ここからきています)
この記事で取り上げたピアノや、スポーツのフォームなどは、「間違いがハッキリしている」という点から、間違いを客観視することが比較的容易です。
癖を直すのは容易ではないとしても、知識を得て、自分を注意深く客観視することで少しずつ改善することはできます。
しかし、改善するのが本当に難しいのは、頭(心)の中だけで完結する問題である、”思考癖”でしょう。
身体の動きは、鏡や撮影機器を使うなり、コーチに指摘してもらうなりして客観視しやすいですが、思考はそうはいきません。
「先延ばししてしまう」「すぐに諦めてしまう」「すぐにイライラして怒ってしまう」「すぐにストレスに感じてしまう」、こういった癖を直すには、そういった思考に陥った瞬間に、自分の意思で自分の情動を客観視できなければならないのです。
そのため、性格的な癖、思考癖を直すのはとても難しいといえるでしょう。
人に「あなたは自分を客観視できていると思いますか?」と質問すると、「自分を客観視?俺はできてるよ」と返されることが多いです。
しかし、客観視するのはとてつもなく難しく、実際にできている人はほとんどいないとさえ思います(もちろん、僕も含め)。
次回は、自分を客観視することの難しさについて掘り下げつつ、その対処法について考察していきます。
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